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バーンストーマーズ Dean & Cody's Sacks Barnstorming Duffel Bag "Swatter" Navy S.F.Seals Club Logo

 
 

セール

  • バーンストーマーズ Dean & Cody's Sacks Barnstorming Duffel Bag "Swatter" Navy S.F.Seals Club Logo

  • 販売価格

    62,640円(税込) 40,000円(税込)

  • セール期間

    2018/10/12 0時~2040/12/31 0時

  • 購入数

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  • バーンストーマーズのオーセンティック・ワークライン、“ディーン&コディ”。
    “ディーン”とは、“オン・ザ・ロード”の登場人物、“ディーン・モリアーティ”こと“ニール・キャサディ”の事を指し、“コディ”は同じく“ジャック・ケルアック”の著書“コディの幻想”から取ったもので、“ニール・キャサディ”の事を指します。
    “ニール・キャサディ”がこよなく愛したモノ、“この世に産まれ落ちた歓びを材料に、今日をナチュラルに生きる為の服や装身具”こそが、バーンストーマーズが目指す物作りの境地です。
    そんな人生の旅の伴侶となるアイテムの数々が産み落とされます。

    その“ディーン&コディ”のキャンバスバッグシリーズ、"Sacks"。
    “サック”とは、元々穀物や石炭などを入れる粗布製の袋の事で、素朴さと頑丈さが命であるアメリカのカバンの、まさに心の故郷のような言葉です。
    こちらはその"Sack"シリーズの1つ、ダッフルバッグ、"Swatter(スワッター)"です。
    “スワッター”とは強打者を意味します。
    元となるダッフルバッグは最古と言われる作りのダッフルバッグで、1930年代後半から第2次大戦後まで、メジャーリーグは勿論、多くのプロ、セミプロクラブに採用された遠征用の野球道具カバンの名品です。
    戦時中に大量生産されたオリーヴドラブなどのキャンバス地が、このようなスポーツバッグに流用されました。

    その最大の特徴は、両サイドに四角い芯が仕込まれている点です。
    これは、ここにチームロゴや背番号をステンシルで入れる事によって、遠征中に同じようなバッグを積み上げた時に誰のバッグか簡単に識別出来る為の工夫です。
    また、バッグが空の時にスッキリ畳む事も出来ます。
    他にも、バッグ自体がコットンキャンバスによる2重仕立てになっている点や、肩掛けが出来る長さの牛革の持ち手や、持ち主の名札を入れる事が出来るレザー製のバゲージタグや、中に2つ付けられたユーティリティー・ポケットも特徴です。
    ちなみに各ユーティリティー・ポケットに2箇所ずつと、底に1個、スナップボタンのオス側のみ付けられていますが、これはヴィンテージの物もこのような仕様になっているのですが、その意図は不明ですが、おそらく底材を取り付けたり、中に入れた荷物の安定性を高める為に何か別のパーツが取り付けれるようにしてあったのではないかと思われます。
    もしその何か別のパーツが判明すれば、バーンストーマーズからリリースされるかもしれませんのでお楽しみに。
    あと、革の持ち手の下には、ぐるりと一周コットン・テープが仕込まれています。
    これは当時のバッグには見られない作りですが、物を入れた時の安定感を高める為のバーンストーマーズ・オリジナルの工夫です。

    こちらのステンシル入りバージョンには、かつて在ったマイナーリーグのチーム、“サンフランシスコ・シールズ”のロゴが入っています。
    使い込んでいくと、キャンバスの色落ちと共に、ステンシルにもヒビ割れが生じ、ヴィンテージさながらの味わい深いバッグになっていくと思われます。
    尚、中央の空いたスペースには、“1”~“99”までの、お好きな番号を入れる事が出来ます。

    シールズの名はサンフランシスコ沿岸部に生息するアシカに由来します。
    かの有名な“ジョー・ディマジオ”が、かつて在籍していたチームです。
    ちなみに1933年はシールズにとって記念すべき年で、前年に入団し、大型新人として期待された彼が大活躍し、球史に遺る大記録を打ち立てた年です。
    彼はこの年、61試合連続ヒットを打ち立てます。この記録は未だに破られていない、まさに前人未踏の大記録です。
    ただ翌年にはケガで泣く泣く戦線離脱。
    その翌年35年には復活を遂げ、しかもシーズン打率3割9分8厘、34ホーマーをかっ飛ばし、チームをリーグ優勝に導きその年のMVPを獲得します。
    36年にはニューヨーク・ヤンキースと契約し、ローカルヒーローからメジャーの、そしてアメリカのヒーローへと登りつめていくのです。
    その後54年にはマリリン・モンローと結婚し、世紀のビッグカップル誕生となりましたが、結婚生活はたった9ヶ月で終わってしまいました。

    一方シールズの方はというと、1958年にメジャーのチームである“ニューヨーク・ジャイアンツ”がサンフランシスコへ移転してきて“サンフランシスコ・ジャイアンツ”となります。(ちなみにこの年、ブルックリン・ドジャースもロサンゼルスへ移転します。)
    “巨人”が来るということになったら、“アシカ”はひとたまりもありません。
    巨人が来る前年にシールズは住処を追い立てられるかのようにスゴスゴとサンフランシスコの地を去り、アリゾナ州フェニックスへ移転し、サンフランシスコ・ジャイアンツ傘下のの3Aチームとして“フェニックス・ジャイアンツ”と名を変えます。
    シールズのホームグラウンドとしていたシールズスタジアムは小規模だった為1959年には取り壊され、地元に愛された小さな楽園は消えて無くなり、そしてまた1つ思い出の地が失われることになってしまいました。
    ちなみにその跡地には今でも夜になるとサンフランシスコ・シールズの選手の亡霊が出るという噂があります。
    そんな噂話も、かつて野球場が在ったその地に思いを馳せる地元の人々の懐かしさを想う気持ちが生み出した逸話なのかもしれません。
    それにそんな亡霊なら、昔を知る地元の人には大歓迎でしょう。

    地方を転戦するマイナーリーグの選手達。
    その巡業の旅はメジャーリーグの選手とは雲泥の差が有り、1960年代初頭まではひたすらバスや鉄道を使った陸路の旅でした。
    転戦に転戦を重ねるその旅は、現代の長距離夜行バスとは比べものにならない相当キツいものだったでしょう。
    なんでも新入りはバスや列車の網棚で寝ていたという話もあるくらいです。
    おそらくこんなダッフルバッグを枕にして、寝ていたことでしょう。
    そんな情景を想い浮かべながら、現代の旅人にもこのバッグから伝わるノスタルジーな世界観を味わって頂きたい、そう思います。

    ※長さ54cm、高さ27.5cm、奥行き28.5cm

    ※セール価格につき、ポイント還元はございませんので予め御了承下さいませ。



     

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